広告業界からまちづくりを考える
まちづくりをするのは建築業界だけの話と思っている人は多いのではないでしょうか?しかし、私自身今年4月よりIT広告業界の会社に入社したばかりの身分ですが、広告業界がまちづくりにできることは多いのではないか、そういう想いを持って日々学んでいます。そして卒業前、実際にまちづくりの先進地域であるヨーロッパに飛び立ちました。その旅の中で、ヨーロッパの中でも突出した都市キャンペーンを行っている「I amsterdam」について現地のクリエイティブエージェンシーに取材をさせて頂きました。以下、その内容をまとめましたのでぜひ一読頂けたらと思います。
出典:KesselsKramer 「I amasterdam」キャンペーン実施資料より
まず、「I amsterdam」キャンペーンとは?
「I amsterdam」キャンペーンとは、2003年にヨーロッパの都市アムステルダム市が行った都市プロモーションです。「I amsterdam」という言葉から分かるようにアムステルダムに住む人、来る人、関わる全ての人がアムステルダムを表現する存在であるというメッセージが含まれています。また、日本の地方自治体が毎年実施する観光キャンペーンと異なり、同市は4年ごとのマーケティングサイクルを実行するべく市、地域行政、企業、観光局によって構成されるアムステルダムパートナーズを設立。観光の分野だけではなく、政治や都市開発など広範囲に及ぶ同市の都市プロジェクト支援に繋がるためにキャンペーンを展開しました。そのキャンペーンを行うにあたり、コンセプト作りやデザイン、プロモーション戦略を行ったのがオランダのクリエイティブエージェンシー「ケッセルスクラマー」です。同社の戦略プランナーのCamielさんに取材をさせて頂きました。
ケッセルスクラマー戦略プランナーCamielさん(筆者撮影)
~以下取材内容~
質問 : キャンペーンを行うことになった背景にはどのような課題がありますか?
アムステルダムは世界の都市の中で、「住みたい都市ランキング」や「訪れたい都市ランキング」、「魅力的な都市ランキング」において徐々にランキングを下げていました。そこで2003年、アムステルダムが今後新たな政治的施策やその他あらゆる分野のプロジェクトを展開するにあたって世界的な文脈におけるポジショニングを明確化する必要があると感じ、4年ごとの長期的なマーケティング施策を実行すべくアムステルダム・パートナーズを設立しました。
そして、アムステルダム・パートナーズはコミュニケーションの領域から課題を解決するために都市キャンペーンを展開するにあたって3社に指名コンペを持ちかけました。私たちが参考にしたのは、多くの人がご存知の「I ♡ NY」のキャンペーンです。そして驚いたことに、コンペにおいて3社のうち弊社を含む2社が「I amsterdam」というキャッチコピーで提案してしまったんです(笑)しかし、私たちはすでに「I amsterdam」の商標登録や「iamsterdam.com」のドメイン取得もしており、同案件を勝ち取りました。しかしもちろんそれだけが理由で選ばれた訳ではありません。アムステルダムの認知度やイメージを向上させるために必要なアイコンを考えたときに、まず壁に当たりました。建築的に都市を比較したときに、アムステルダムは他の有名な都市に比べて突出したアイコンとなるものがありませんでした。一つ一つ他の都市と比較しながら見て行きましょう。
出典:KesselsKramer 「I amasterdam」キャンペーン実施資料より
例えば、アムステルダムの有名なカフェシアターを見ても、、、
出典:KesselsKramer 「I amasterdam」キャンペーン実施資料より
シドニーには勝てません。
出典:KesselsKramer 「I amasterdam」キャンペーン実施資料より
アムステルダムで有名な橋を見ても、 、、
出典:KesselsKramer 「I amasterdam」キャンペーン実施資料より
サンフランシスコには勝てません。
出典:KesselsKramer 「I amasterdam」キャンペーン実施資料より
アムステルダムで有名な時計台を見ても、、、
出典:KesselsKramer 「I amasterdam」キャンペーン実施資料より
ロンドンには勝てません。
出典:KesselsKramer 「I amasterdam」キャンペーン実施資料より
もちろんアムステルダムにはホスピタリティがある誇り高き場所もありますけどね。(笑)
そこで、他の都市と比較したときに際立つ建築物(ランドマーク)がなければそれを建築するのではなく、アムステルダムに住む人、来る人をアイコン(都市イメージ)としたコンセプトにする必要があるのではないか、そう思い「I amsterdam」というキャンペーンフレーズに決定したという背景があります。
出典:KesselsKramer 「I amasterdam」キャンペーン実施資料より
質問:キャンペーンはどのように展開されましたか?また市民の反応はどうでしたか?
正直1年目は市民は非常にキャンペーンに対して否定的でした。また、キャンペーンに懐疑的で「またいつものように市がお金の無駄遣いをしている」と感じる市民が多く、さらに「自分たちを広告にするのは止めてくれ」と思う市民もたくさんいました。しかし時間をかけてキャンペーンを展開することで、今では市民の方々は「I amsterdam」キャンペーンを非常に気に入ってくれています。さて同キャンペーンがどう展開されていったのかお話をします。まず1年目は「写真集」の作成と「エキシビジョン(展示会)」を開催しました。 出典:KesselsKramer 「I amasterdam」キャンペーン実施資料より
<以下写真集の中に載っている写真/出典:KesselsKramer 「I amasterdam」キャンペーン実施資料より>
写真集に関しては、20人の写真家がそれぞれ考える「アムステルダムの人」の写真を撮影し、写真集を作成しました。そして、アムステルダム市長が写真集を各都市を訪問するときに配布し、それと同時に写真展も各都市にて開催するというプロモーション戦略を考え実行しました。また、市民や企業が「I amsterdam」のロゴを無料で使えるようにしました。そして、その中で、まずは「どうやってこのロゴを使うことが出来るのか」こちらから提案してあげることが重要であることに気づきました。(この説明から、市民のクリエイティビティを啓発するためにロゴの使い方のお手本を見せて上げることが重要であるという文脈が読み取れます。また、もちろんのことロゴのデザイン次第で市民が自分たちでロゴを使うときの使いやすさも変わってくると考えます。)以下、写真を見て頂くと分かりますが、上の写真に「I amsterdam」のロゴを入れるだけで違和感なくポスターになります。
出典:KesselsKramer 「I amasterdam」キャンペーン実施資料より
出典:KesselsKramer 「I amasterdam」キャンペーン実施資料より
出典:KesselsKramer 「I amasterdam」キャンペーン実施資料より
出典:KesselsKramer 「I amasterdam」キャンペーン実施資料より
そして興味深いことに市民や企業、市民団体が「I amsterdam」のロゴを使い始めました。
出典:KesselsKramer 「I amasterdam」キャンペーン実施資料より
出典:KesselsKramer 「I amasterdam」キャンペーン実施資料より
出典:KesselsKramer 「I amasterdam」キャンペーン実施資料より
出典:KesselsKramer 「I amasterdam」キャンペーン実施資料より
出典:KesselsKramer 「I amasterdam」キャンペーン実施資料より
出典:KesselsKramer 「I amasterdam」キャンペーン実施資料より
出典:KesselsKramer 「I amasterdam」キャンペーン実施資料より
出典:KesselsKramer 「I amasterdam」キャンペーン実施資料より
質問:キャンペーンはどのように拡散していきましたか?
サンフランシスコ市長とのイベント参加時に「I amsterdam」のロゴの入ったバルーンを背景にした写真がメディアに掲載されました。そして、オバマ大統領やプーチン大統領が参加したイベントの風景をポスターで作成したり、世界中からアスリートが参加する国際マラソンレースにて「I amsterdam」の立体ロゴを移動させて中継映像の中に露出したり、Google mapで検索すると「I amsterdam」の立体ロゴが表示されるようにしました。さらには、公務員ストライキのときには公務員が「I ambtenaar (私は公務員だ)」のTシャツを着用したり、ホームレスが「I amsterdam, too」というTシャツを着用して自分自身を表現し始めました。
出典:KesselsKramer 「I amasterdam」キャンペーン実施資料より
出典:KesselsKramer 「I amasterdam」キャンペーン実施資料より
出典:KesselsKramer 「I amasterdam」キャンペーン実施資料より
出典:KesselsKramer 「I amasterdam」キャンペーン実施資料より
出典:KesselsKramer 「I amasterdam」キャンペーン実施資料より
出典:KesselsKramer 「I amasterdam」キャンペーン実施資料より
<公務員ストライキのときには公務員が着用した「I ambtenaar (私は公務員だ)」のTシャツ>
出典:KesselsKramer 「I amasterdam」キャンペーン実施資料より
<「I amsterdam, too」というTシャツを作り着たホームレス>
出典:KesselsKramer 「I amasterdam」キャンペーン実施資料より
<世界エイズデーに立体ロゴの文字を変えて、その日を盛り上げた>
出典:KesselsKramer 「I amasterdam」キャンペーン実施資料より
<同性愛を認める世論の醸成キャンペーンにも利用された>
市民に焦点を当てた戦略とクリエイティブ、PR活動
~以下インタビューへの感想や考察~
「I amsterdam」のロゴを無料で配布すると市民が勝手に使ってくれた、そして勝手にそれが拡散されたと感じた方もいらっしゃるかもしれません。しかし、キャンペーンの裏側には非常に巧みな「市民に焦点を当てた戦略とクリエイティブ」、そして「PR活動」があったことが取材から感じ取れます。
まず、同キャンペーンは市民が無料でロゴを使用できるという点で「くまもん」と同じ著作権フリーの事例なのではないか、と考えるかもしれません。しかし「くまもん」と「I amsterdam」は使いたい心理的欲求が異なる著作権フリーの事例だと言えます。くまもんの場合は「くまもん自体が可愛いいから使いたい」や「くまもんが人気だから使いたい」という心理的欲求から市民が利用し始めました。一方、「I amsterdam」の場合は始めはロゴに焦点がいくものの、「I amsterdam」の背景にいるアムステルダムの市民や都市景観が映えるようなブランディングの手法を用いていることが分かります。そうやって市民に焦点が当たることで、市民のアムステルダムに対する愛着や誇りが醸成され始めたのではないでしょうか。(これは前回のブログに書いたデザイナー草間弥生による瀬戸内直島のブランディング手法であり、さらにそこからより市民に焦点を当てた手法だといえます。)
しかしそれでも、市民の人たちがいきなりロゴを使い始めるとは言いがたいと思います。そこでCamiel氏は市民の都市に対する愛着や誇りを醸成するためには「ソトの人たち」にまず認めてもらうことが非常に重要になってくると付け加えました。そこで上記で紹介したPR活動が巧みに働き、ソトの人たちが関心を持ち始めることでアムステルダム市民の人たちが誇りや愛着を持ちだしたのではないかと考えます。その結果、徐々に市民の人たちも「I amsterdam」のロゴを気に入りだし、町中に使い始めました。そして、一番の驚きは同キャンペーンから10年経った今でもそのロゴが下写真のように町中に散見されることです。そこまで「I amsterdam」のロゴが市民にとって当たり前の存在になっていることがうかがえます。
2020年、東京オリンピックに向けて
2020年に東京オリンピックが開催されます。
東日本大震災からの復興を世界にアピールする場であることを安部首相はうたっていますが、それ以上に東京以外の地域を観光客に楽しんでもらえるかが重要になってくると予想できます。せっかく「日本に行くのだから東京以外にもどこか楽しめる場所に行きたい」そう思ってもらったときに大阪や京都などの定番観光地域だけではなく、もっと日本の田舎や村、その他地方都市に訪れてもらうことを地方自治体は考え始めるべきなのではないでしょうか?そして、観光客のその意思決定は、東京に来る前であり、IT広告業界が海外の生活者に対してできることはたくさんあると考えます。少しでも地域の人たちが足元の価値を見直したり、自分たちの地域に対して愛着や誇りを持ったり、また海外の人には日本の地方との繋がりを作ってもらったり、さらには都市と都市が恒常的に繋がったりするような関係性ができればもっともっと都市は面白くなり、日本の地域に情熱的で肯定的な雰囲気がつくられるのではないでしょうか?
今後もその可能性を模索し、学びを深めていきたいです。
読了頂きありがとうございました。