「2020年に東京でオリンピックが開催される。そのとき、東京だけでなく東京以外の地方都市は何ができるのでしょうか?」
地域や地方都市を考える上で、以下のような疑問や問いを発する地方自治体は増えてくると思います。もちろん、まだまだ6年先のことだし今は考えれないという人が大多数だと考えます。しかし、地域づくりやまちづくりはそんなに短期間で改善されることではありません。例えば、市民が本当の意味で海外の人たちを心から受け入れたいという世論が形成されたり、案内看板や地図が多言語対応したり、地方自治体がデジタルを活用して海外への広報戦略を考えたりする。そのような土壌が組織内にできるには計画的に数年レベルのプロジェクトに落とし込む必要があるように感じます。
そういう問いに対して自問自答していた中、広告界の未来を予想するアドタイデイズというイベントに昨日参加する機会を会社から頂きました。その中で「世論をつくる企業団体の活動と後方の連携」というテーマのパネルディスカションに心が惹かれ参加させて頂きました。パネラーは九州旅客鉄道広報室長の森 勝之 氏、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会事業戦略広報部戦略広報課長の高谷 正哲 氏、月刊『広報会議』の上条 慎氏(モデレーター)。そしてその中で、東京オリンピック招致に成功した戦略広報部の課長である高谷 氏は何を考え、またユニークな広報活動を行っている九州旅客鉄道広報室長の森 氏は九州という地域からの視座に立ってどのような活動を行っていく予定なのだろうか。その点に注目しトークセッションを聴かせて頂いた。(投稿内容のテーマから九州鉄道に関するお話は割愛させて頂き、主に東京オリンピック招致に関する内容を綴っています。)
2020年東京オリンピックの招致成功の背景
成功した背景に以下3つの要因があると高谷 氏はパネルディスカションで伝えました。
・企画広報室から戦略広報部への変更
・ゴールと目標の明確化
・To do と Not to do
2016年東京オリンピック招致の失敗から、まず「スポーツに対して情熱を持つ人たちでチーム編成を組むこと」が大切になることが大前提となりました。そして、2016年東京オリンピック招致では企画広報部という名前だった部署名が、2020年招致ではより戦略的にオリンピック招致の活動をしていくため戦略広報部という部署名に変更しました。また、ゴールと目標の項目に関しては、「国際広報」、「国内広報」、「オンライン&ソーシャルメディア」という項目別に目標を設定しました。そして、何をするのか、何をしないのかを明確に分けることで目標達成に向けて意志を統一することが重要であったと高谷氏はお話してくれました。
オリンピック招致の背景にある国際メディア情報戦
では、オリンピックを日本に招致するために東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会事業戦略広報部どのような取り組みをしていたのでしょうか。
高谷 氏は、東京は世界に対して「安心、安全、革新的」という3つを主要コンセプトとして伝える必要があると話を始めました。そして、「東日本大震災からの復興をスポーツの力が支えている」というアスリートが出来ることを改めて世の中に問う文脈作りを(メディアリレーションズにおいて)心がけたそうです。そのためには、「日本人のスポーツに対する情熱」を国外に伝える必要がありました。そこで企画したのが、ロンドン五輪日本代表のメダリストらによる凱旋パレードです。東京の銀座で行われた沿道には約50万人と国内外メディア関係者の多くが詰めかけました。
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また、ソーシャルメディアの利用に関して、Facebook、Twitterを活用して国内にて盛り上げを可視化出来るような施策を展開しました。国外的に活用することも思案したそうですが、広範囲に及ぶためリソース不足の問題と「選択と集中」の考えのもと、国内向けにアスリートの熱い想いが伝わる運用を行ったそうです。また、さらなる情報拡散のためにメディア関係者が使用できる写真をウェブサイト上に格納しました。その結果、情報が拡散していったと高谷氏は言います。
しかし、このような施策だけで東京オリンピック招致は決定しませんでした。成功の背景には、いかにグローバルな世論を見方につけるかという国際メディア情報戦が起きていました。
例えば、国際オリンピック委員会の投票直前、福島第一原発事故による東京の汚染水問題が世界中のメディアに取り上げられてしまいました。そこで、いかに日本への話題を前向き(プロアクティブ)に変えるかという思考から、「日本はドーピングをしたことがない」という全く新しい文脈をメディア上で作り出しました。これは、「日本はドーピングをしたことがない」というクリーンな文脈を日本に作り出した一方で、ドーピングが多発しているマドリッドやイスタンブールに対する間接的な攻撃となり、日本に対する肯定的な国際世論が形成されました。もちろん、東京の汚染水の問題がメディアに取り上げられた次の日には「日本はドーピングをしたことがない」という文脈の内容がメディアに伝えられていたことから、プレスリリースの速さや高谷 氏のPRエキスパートとしての敏腕さがうかがえます。また、高谷 氏は国際オリンピック委員会の老舗記者の人たちの多くがロンドンに居住していることもつかんでおり、わざわざ国際オリンピック委員会の投票前にロンドンにて記者会見を実施し、多くのメディアにほぼ独占的に取り上げてもらいことができました。また、カールルイスを日本に招致し、ロイター独占取材を実施するなどのPR戦略も展開しています。ここに壮絶な国際メディア戦略の衝突があることがおわかりでしょうか。
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この一連の情報戦はまさにジャーナリストの髙木徹氏の書籍「国際メディア情報戦」で紹介されているような国際メディア情報戦が繰り広げられていたのではないか、そう感じずにはいられません。
書籍の中で、髙木氏は国際メディア情報戦を以下のように定義しています。
「国際メディア情報戦」—それは、グローバルな情報空間で形作られる巨大な情報とイメージのうねりであり、それをどのように誘導するのか、または防ぐのか。国家、企業、PRエキスパート、メディアの担い手たちの間で行われている、銃弾を使わないもうひとつの戦いだ。
そして、髙木氏はその背景と、国際的な影響力を持つ「国際メガメディア」の存在を以下のように示唆しています。
この戦いが冷戦後の世界を動かすようになったのは、ちょうどその頃、世界のテレビメディアの「グローバル化」が急速に進展したことを背景にしている。CNNとBCCをはじめとする、国際的な影響力をいまや寡占する「国際メガメディア」の登場だ。(略)国際世論は、彼らの報道や論説を通じて形作られ、国際機関や主要国の政策もその影響から逃れられない。その結果、現実の世界がどうあるかではなく、この「メタ世界」とも言える情報空間において何がどう描かれるかがより重要となり、それがひるがえって現実の世界を動かすという状況になっているのだ。
つまり、「東京は汚染水におかされている」という情報は根拠があろうがなかろうが関係なく(もちろん根拠をつかまなければいけませんが)、国際メディアの中ではいかに日本という国がクリーンであるかというアピールを出来るかが重要であるということです。また、そこから逆転の発想で、日本という国のクリーンさを国際メガメディアで伝えつつ、ライバル国の弱点をつくという手法をとり、国際メディア情報戦を日本は戦い、勝ち抜きました。ここまで聞くとまるでPR活動が戦争の代替行為のように感じるかもしれません。しかし、あくまでも正しい倫理観を持ってPR戦略を策定し、実行するべきだと高谷氏は説明します。それは、公共性の高いプロジェクトほどいえることだと思います。 事実、「日本はドーピングをしたことがありません」と主張するのと、「イスタンブールとマドリッドはドーピング大国だ」と主張することは全く異なる文脈を持ちします。また、カールルイスを日本に招致したイベントに関しては、間接的にイスタンブール国内でイスタンブールへのオリンピック招致に対する消極的な意見がツイッター上で投稿拡散され、国際メガメディア上での戦いがインターネットにも普及しました。(以下写真)以上のような国際世論の中で自分の国や地域の状況を読み取り、実行していくスキルが今後、国際メディア情報戦の中で戦う必要のある国や地域は不可欠になってくるのではないかと感じました。
地域同士のメディアリレーションズ
最後にパネラー同士の質問で九州旅客鉄道広報室長の森 氏は、高谷 氏に対して「オリンピックまでにしてほしいことは?」という質問を高谷氏になげかけたところ、
各国のキャンプが全国に広がったときに、日本全国の文化価値の魅力が他国の選手だけでなく同行しているメディア関係者の目にもとまり、長期的なメディアリレーションズを築いていくこと
と応えてくれました。この文章から、東京オリンピックがただのアスリートの祭典となるだけでなく、地方都市が他国や他都市と長期的関係性を築いていくきっかけになればという想いが読み取れます。では、あなたの住む地域は、あなたの地元は、これから世界の都市とどう関係性を築いていくのでしょうか。少子高齢化を迎える日本に、自分の地域のファンを海外に作ること、さらにヒト・モノ・オカネ・ジョウホウが恒常的に行き来することがどんな影響を地域や都市に与えるのでしょうか。
独学ではありますがPRや国際メディア戦略の学びをもとにパネルディスカッションで感じたことをまとめました。お気軽にコメントやご連絡などください。
最後まで読了頂きありがとうございました!