3. 二年休学と震災。カリフォルニア留学。

奇跡の一本松

今日は東日本大震災からちょうど8年目。8年前の当時を振り返りながら書きました。(前回はニュージーランド留学までの話でした)



長期休みを利用して留学した僕は、英語や文化だけの勉強ではなく、もう一歩違うことをしてみたいと思いました。もともと教育学部に入ったものの、教育実習が終わった時点で僕は教師になることを辞めていました。もっと面白い世界を見てみたい。そう思ったんです。

前にも少し書きましたが、僕はサッカーをずっとやっていて、中田英寿選手に憧れていました。そういうこともあり、サッカー選手としてだけでなくビジネスマンとして活躍するヒデのようにビジネスをする人間になりたいと思い、ビジネスを勉強するためにアメリカへの留学を決意し、2年間香川大学を休学をしました。

二年休学と震災

アメリカ留学のために渡米する日は2011年3月17日でした。ですが、ここで悲劇が2回も起こります。それが、ニュージーランドのクライストチャーチ大地震と日本の東日本大震災でした。

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2011年2月22日、ニュージーランドのクライストチャーチにて大地震が起こりました。そこで日本人約30人が亡くなりました。そのうちの一人が僕が留学中に出会った友人でした。何かできることはないかとすぐに留学時の友達に声をかけボランティア団体を災害2日後に立ち上げ、日本全国にてボランティア活動を大学生中心で行い、多くの人の協力もあって約2週間で数百万円の支援金が集まりました。上の写真は、その支援金と共に全国のボランティアメンバーからニュージーランドへのメッセージフラッグです。

ただ、約3週間後の2011年3月11日。さらなる悲劇が日本に起こります。高松市内で募金活動をボランティアメンバーでしている時に、東日本大震災のニュースが入ってきました。ニュージーランドの次は日本かよ、、、。しかも、俺1週間後にアメリカ留学なのに、、、。

正直、ニュージーランドの募金活動でいっぱいいっぱいだったのに、これ以上何かをやる体力は残っておらず、なおかつ1週間後に渡米しないといけない中、自分のできることの小ささ、そして無力さを痛感させられました。そんな中、複雑な思いで僕は関西国際空港から日本を発ち、アメリカに向かいました。

続きます。

#瀬戸内サニーのはじまりのはじまり

0.出航までの物語
1.香川大学教育学部 #瀬戸内サニーのはじまりのはじまり
2.ニュージーランドへ。 #瀬戸内サニーのはじまりのはじまり
3. 二年休学と震災。カリフォルニア留学。

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