芸術祭を読み解く。瀬戸内芸術祭が成功している本当の理由【第2話】

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第1話のおさらい

第1話では、瀬戸内国際芸術祭の地理的・時代的背景を反映した「海の復権」という地域住民主役のコンセプトと、観光体験をスマホでシェアできるようになったデジタルな時代だからこそ実現した直島のカボチャを核としたコンテキストブランディングについてお話させて頂きました。

もし、まだ第1話を読まれていない方は、こちらからお読みいただければと思います。では、さっそく第二話のお話に入りたいと思います。

圧倒的なトップダウンでも企画が成立しない時代

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瀬戸内国際芸術祭から少し離れて、北海道札幌で開催された札幌国際芸術祭のお話をします。こんなことをブログに書くと運営局の人に怒られそうなのですが、「札幌国際芸術祭は失敗に終わった」という声が至るところから聞こえました。

ちなみに「札幌国際芸術祭 失敗」で検索してみてください。なぜ失敗したのかというブログ記事やメディア記事が多く並んでいます。これを、ネット住民が好き勝手言っているということもできますが、そんな排他的なことを言っていてもしかたありません。

そして興味深いことに、それらの記事を読んでいて「目標達成人数は達成しているのに盛り上がりに欠けていた」や「市民の意識がついてきていなかった」「事前のPRが中途半端だった」という理由が挙げられています。

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ここで何も私は札幌国際芸術祭の失敗を批判したいワケではありません。

失敗から学ぶことは多くあると多くの先人が言ってきたように、札幌国際芸術祭が失敗したと仮定し、ではなぜ失敗したのか、その理由を知り、瀬戸内国際芸術祭と比較することでその理由を突き止めることができれば、今後様々な地域で失敗しないための芸術祭が開催できると思います。

そして、結論から言うと札幌国際芸術祭と瀬戸内国際芸術祭を比較したときに、芸術祭がトップダウン施策だけではなく、市民主体のボトムアップ施策があってこそ成功するという方程式が見えてきます。

ブランド(芸術祭)起点か生活者起点かの違い

500_10933159札幌国際芸術祭が失敗した理由として、TVCMをもっと打つべきといったPR施策不足が挙げられていますが、私は全く違うと思います。

TVCMを打ったところで認知はされても、芸術祭という市民にとってそこまで聞きなれない言葉を市民文脈に落とし込んでコミュニケーションをしていない時点で、自分ゴト化をして芸術祭に訪れてくれることはありません。

札幌国際芸術祭が失敗した理由は、圧倒的にトップダウンな取り組みとして芸術祭を開催してしまったことにあります。

例を挙げます。今回札幌国際芸術祭は世界的に著名なアーティストである坂本龍一氏をゲストディレクターに迎え、芸術祭を開催しました。

また、坂本龍一さんのディレクションのもと、アート業界のメンバーでガチガチに固めた事務局チームの構成でした。そこには、市民目線ではなく明らかにアーティストたちが主体の芸術祭になっていました。

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もちろん市民目線のアート作りもされているメンバーもいますが、ソトの人からみるとどう考えてもアート・デザイン業界の人間でガチガチに固めています。

また、札幌国際芸術祭の開催テーマは「都市と自然」。これからの都市と自然の共生のあり方を考える国際芸術祭と唄っていますが、その主語は明らかに市民のものではなくアーティストが模索するためのものだとウェブサイトからは読み取れてしまいます。

つまり、主語は芸術祭というブランドであり、アーティストによる単一コンテクスト型の芸術祭であるということです。ここでいう単一コンテクストとは、テレビCMのように一方通行で、受け手の趣味嗜好を理解せず、文脈は関係なくブランドイメージを強烈に伝えるものだと考えてください。Screenshot_22

そして、あきらかに市民に対する姿勢の違いが読み取れるのが、札幌国際芸術祭は芸術祭の支援者を「ボランティア」という言葉で表現しています。

対して、北川フラム氏がディレクターを務めている瀬戸内国際芸術祭や越後妻有大地の芸術祭は参加市民のことを「ボランティア」ではなく「サポーター」と呼びます。そこから、あきらかに芸術祭の市民に対する姿勢の違いが表れています。

ボランティアという言葉は、運営側、アーティスト側とあくまでも一線を引くスタンスの言葉です。

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しかし、サポーターという言葉はサッカーでも使われるように、チームのため、サッカー選手のために一生懸命応援し、ゴールを決めたときには選手とその喜びを分かち合い、ときにはブーイングで罵倒し、どうすればいいかクラブチームに意見する同じサッカーチームの一員としてプレーしているという意識・精神のもとにある言葉です。

そういったサポーターの存在が芸術祭に厚みを持たすということを本質的に理解していたのが北川フラム氏であり、それを形にした瀬戸内国際芸術祭の運営局メンバーであり、それを実現したのがこえび隊という存在です。

そういうスタンスだからこそ、2013年の芸術祭時にはこえび隊サポーターメンバーとしてのメール登録者は2000人を超え、国内にとどまらず海外からもサポーターとして参加する人がいたほどです。

そして、サポーターとして参加した人たちは、アーティストと一緒にアート作品を作ったり、瀬戸内国際芸術祭に訪れたお客様と丁寧にコミュニケーションをすることで、芸術祭の進行に深く関わっています。

様々な文脈で語られるボトムアップ施策

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何も私はアーティストを批判したいわけではないし、広告業界で属にいうマスメディア・テレビは死んだということを言いたいわけではありません。

アート作品は多くの人を魅了し、アート作品に触れるためにわざわざ海を越えて、芸術祭に訪れる人は後を絶ちません。そして、ブランディングの観点から、テレビを使ったPR施策はまだまだインパクトのある有効なPR施策の一つだと考えます。

ここで私が言いたいことは、トップダウン施策にボトムアップ施策が掛け合わされることで、芸術祭に厚みができ、様々な文脈で瀬戸内国際芸術祭が語られていき、世の中ごと化し、開催地域内外の人々が芸術祭に関わるようになっていくということです。

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では、ボトムアップ施策の例を挙げていきましょう。

瀬戸内国際芸術祭は、アートやデザイン、音楽、そして新しい観光スタイルとしての「島巡り」という文脈で語られていきます。

また、意外にも教育文脈からも瀬戸内国際芸術祭は語られていきます。私が敬愛する香川大学附属小学校の河田先生は課題解決型の社会科授業を実践。小学生が自ら地域の課題解決に取り組むような授業を実践されています。

実は、瀬戸内国際芸術祭も当初県内の盛り上がりがイマイチという意見が出ていました。

そこで、河田先生は子供たちに問いかけます。「瀬戸内国際芸術祭が香川県で開催されるのに、県内の人が興味を持ってないのはさびしいじゃないのだろうか?」

そして子供たちは危機感を感じます。「ほ、ほんとだ!香川県で開催されるのに県民が盛り上がってないなんて。なんとかしなくちゃ!」

そして、子供達は自ら瀬戸内の島を盛り上げる企画を考えます。そこから子供たちの凄いのは、「取材をしてください!」と新聞社に学校帰りの放課後に小学生たちだけで飛び込み取材依頼をしてしまうことです。(笑)

さらに素晴らしいのが、後日その企画が実際に新聞記事に取り上げられ、瀬戸内国際芸術祭のセレモニーにも特別ゲストとして登壇するといった瀬戸内国際芸術祭を盛り上げ、香川県の親の間で語られる要因を作り出しました。

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香川県浜田知事ブログより抜粋

さらに、私の母校である香川大学は地域との関わりをどうデザインしていくかといった取り組みを大学教授および学生主体のもとに先進的に実施。

現在も学生が地域住民と観光客を繋ぐコミュニティカフェを経営することで、超高齢化社会において新しいコミュニティを生み出す取り組みを長く続けています。

また、同時期に瀬戸内国際芸術祭をきっかけに島に人が訪れるようになったため、「島カフェ」といった新しい文脈が生まれ、島巡りとともに旅行雑誌・女性誌にて女性の間で語られるようになります。

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もちろん、安藤忠雄さんを中心に建築・アートの文脈で香川県に関わったアート作品や建築が語られ始め、改めて香川県庁舎を建築した丹下健三や香川県牟礼町にアトリエを構えていたインテリアデザイナーのイサム・ノグチといった世界的な著名人に再度スポットライトが当たり始めます。

このように瀬戸内国際芸術祭を一つの契機として、様々な文脈での取り組みが展開され始めたのです。

そして、ここもポイントなのですが特に瀬戸内国際芸術祭の運営局と連動性があったかというとそこまでなかったと私は思っています。ただ、瀬戸内国際芸術祭という大きな傘が出来ることで、その傘のもとに何か面白いことが出来るのではないか、そう思った市民が自走しただけなのです。

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ブランド起点と生活者起点の掛け合わせ

下の図がすべてを表しています。トップダウン施策しかなかった札幌国際芸術祭と比較して、トップダウン施策とボトムアップ施策が合わさることで芸術祭自体に厚みがまします。

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さらに、ここで一番強調したいのが、草の根的な活動が大切ですよではないよということです。それぞれの生活者に合わせた文脈で芸術祭が語られることが最も重要です。

それは教育的文脈で語ることで子を持つ親に刺さる芸術祭に、女子旅の文脈で語ることで旅好きな女性層に刺さる芸術祭に、建築の文脈で語ることで建築好き層に刺さる芸術祭になります。そういうボトムアップの施策をそれぞれの文脈で細かく展開することで芸術祭がより成功すると私は思います。

もちろん、それはなかなか狙って出来るものではありません。しかし、瀬戸内国際芸術祭という3年に一度開催されるイベントだからこそ、瀬戸内の住民たちはその3年に合わせて何かコトを興そうとします。瀬戸内国際芸術祭はまさにそのための旗振り役であったのです。

次回、この瀬戸内国際芸術祭の肝である「アートが瀬戸内にもたらしたもの」について、アート・イン・レジデンスというアーティストがアート作品を作るために地域コミュニティに入ることについてお話したいと思います。

ご期待ください!

大崎龍史(オオサキリューシ)
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